ねこまっくの日誌

アクセスカウンタ

zoom RSS 雑記 五輪の思い出2

<<   作成日時 : 2006/02/12 21:46   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 11

モーグル、ハーフパイプ・・・
今のところ、日本調子悪いです。
というより、評判がそんなに高かったとは知りませんでした。

4年に一回しか、思い出すことがないので
昨日に続き、五輪のことを思い出してみました。

●一番古い五輪の記憶は、
自宅の本棚にあった「東京オリンピック記録写真集」です。
東京オリンピックって1964年だったんですね。
ねこまっく、生まれてません。
日本中が湧いた五輪ですから、うちの両親が写真集などという
彼らに不似合いなものを購入してたとしても、そう不思議はありません。

なにしろ、表紙がすばらしかったのです。
陸上選手達(100mでしょうね)がスタートを切るその瞬間を切り取った写真。
調べてみると、公式ポスターでした。そうそう、これだったよ!
http://www.city.toda.saitama.jp/todashiseiyouran2004/shashinkoukogaku/olympic.html

字も読めない頃からその写真集を繰り返し眺めていましたね。
でも、字が読めないから、選手の名前とか覚えていません。

●次の記憶は、1976年モントリオール五輪の体操選手ナディア・コマネチ。
10点満点の演技に感激して、夏休みの絵日記に彼女のことを書きましたね(笑)。

●1980年のモスクワ五輪は、たしかボイコットしたんですよね?
瀬古選手とかが泣いてたのをかすかに覚えています。

●1984年のロサンゼルス五輪(ロス・ピック)は、ねこまっく盛り上がってました。
開会式が鮮烈でした。パラシュートで聖火ランナー(だっけ?)が降りてきたりと
いかにもアメリカ的なお祭りっぽい演出!
ガーシュインの『ラプソディー・イン・ブルー』を、スタジアムの客席にぐるりと
50台だか100台だかのグランドピアノを配置して、
一斉に演奏したのには、度胆を抜かれました。

当時ねこまっくは、全日本バレーチームの大ファン(特に男子)で、
もうなんだかテレビの音声コードの先がロスにつながっているかのような熱心さで
テレビに向け声援を送っていました。

カール・ルイスのぶっちぎりの走りと躍動する美しい肉体。
女子マラソンで、ほぼ意識が飛んでる状態で、完走したアンデルセン選手。
へんてこりんな走りをするマラソンの宗兄弟。
・・・いやあ、見所満載でしたね。

夏休み明けの体育祭のクラス対抗仮装行列で
私達のクラスは「ロス・ピック」をテーマに演技を繰り広げました。
ちなみに、ねこまっくは、アンデルセン選手を演じました。
結果は、もちろん学年優勝!
みんな、受験生だってのに、大真面目になにをやってたんだか・・・。

あ、今日あげた五輪は、みんな夏の五輪でしたね!
今度は、冬の五輪も思い出してみようっと。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
東京オリンピックは私も生まれてないからわかんな〜い!!なんちゃって〜〜っ!!
本当は4歳だったので、ほとんど記憶にありません。メキシコのときは小学校2年生だったので、ちょっと・・・・・・しかし、あとからVTRとか一部見てましたし、「アタックNo.1」とか「サインはV」とか「金メダルへのターン」とかスポ根ものが流行っていたので、モントリオールとか札幌あたりから意識して見ていたので、記憶が多いです。
タカオ君
2006/02/13 08:13
最古の記憶は、懸賞で「ローマオリンピックご招待」というのがあった。
なんといっても東京五輪の東洋の魔女。あの映像は幾度も見ました。小学校の校庭の映画会(そんなの知ってる?)でも上映していました。
公式記録映画は市川昆です。
祐信
2006/02/13 08:27
タカオ君さん、こんにちは。
メキシコって、釜本を擁する日本男子サッカーチームが
銀メダルをとったっていう大会ですか?
テクニック(たぶん、その時代だと)や体格で劣る日本が
欧米の強豪相手にその成績を残せたのは驚きですが
でも、ひと昔前の日本人には、信じられないほどの
精神的な強さ、集中力があったような気がしますね。
「アタックNo.1」は、私も見ましたよ〜。
ごたぶんにもれず、私の周囲でもバレーが大人気でしたね。
♪苦しくたって〜、悲しくたって〜、コートの中では
平気、なの  でしたっけ?
ねこまっく
2006/02/13 19:32
祐信さま、こんにちは。
ローマ・ピックって1960年ですね。
渡航券と入場券とを懸賞でくれたのですか?
大盤振る舞いでしたね。

ちょうちんブルマの「東洋の魔女」は、
テレビで東京オリンピックが話題になるたびに
放映されますね。
そうか、公式映画があるんですね。見てみたいなあ。
私は、レニ・リヒテンシュタール(ヒットラーの愛人だったっていう女性映画監督)が撮った「オリンピック」っていう映画を見てみたいんですけど・・・。
ヒットラーの命令でつくった記録映画らしいですけど
映画そのものはとてもいいものなんですって。
見てみたいけど、なかなかチャンスに出会えてません。
ねこまっく
2006/02/13 19:37
なつかしい〜! 東京オリンピックの公式ポスター、久しぶりに見ました。
私は当時大学生でしたが、近くにあった選手村の出入り口で張っていて、選手や役員が出てくると英語で話しかけて度胸ためしをしていました。
アメリカ人は下手な英語に相手をしてくれませんでしたが、アフリカの人は結構まじめに応対してくれていました。

私の妹は札幌、ミュンヘンの両五輪でドイツ語の通訳を務めましたが、結局ドイツ人と結婚してしまいました。
カンツォーネ
2006/02/13 21:52
カンツォーネさんは、リアルタイムで
東京オリンピックを見聞きした方なのですね!
うらやましいー!
で、妹さんって、オリンピックで知り合った方と
ご結婚されたのですか?
旦那さんはアスリート!?
ねこまっく
2006/02/13 22:54
妹の旦那は、ただのエンジニアです。
妹が勤務していた会社の取引先の人で、オリンピックの前に出張で日本に来た時に知りあったそうです。
アスリートだったら、カッコよかったですね。
カンツーネ
2006/02/14 09:36
国際結婚、当時はまだ珍しかったのじゃないですか?
ご両親は泣く泣く妹さんを異国(古っ!)へ送り出したのじゃ
ないかしら?
第九の里帰り公演で、二度ドイツへ行きました。
リューネブルクとブラウンシュバイク。
どちらの公演でも、国際結婚や旦那の海外出張などで
その町に生活している女性に通訳とガイドで
お世話になりました。
またぞろ、ドイツ公演の話が出てますから
もしかしたらカンツォーネさんの妹さんにも
お世話になることがあるかも!?
ねこまっく
2006/02/14 14:23
ご存知と思いますが、今夜の読売テレビの深夜映画「白い恋人たち」は、1968年のグルノーブル五輪の記録映画です。
祐信
2006/02/14 20:24
あぅ・・・・・飲みに行ってました。
せっかく情報いただいたのに。
『白い恋人たち』っていう映画音楽が有名ですけど、
その『白い恋人たち』ですか?
およそ記録映画らしくない音楽だけど・・?
ねこまっく
2006/02/15 18:25
そうです。あれがまさに映画のテーマ音楽。
さすが、おフランスですね。日本ではとても考えられない。
祐信
2006/02/16 08:01

コメントする help

ニックネーム
本 文
雑記 五輪の思い出2 ねこまっくの日誌/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる