ねこまっくの日誌

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zoom RSS 大雨の思い出

<<   作成日時 : 2005/11/07 01:07   >>

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一昨日の朝から、食っちゃ寝、食っちゃ寝で疲労回復につとめてたのですが、
今日の明け方、激しい雨音で目が覚めました。
しばらくテレビも見てなかったから、
「た、台風?!」などと思ってしまいました。

真っ暗な部屋で激しい雨音を聞いていて
子供の頃を思い出しました。よっぽど疲れてたんだろうな。

まだ小学校の低学年だったと思います。
うちは両親が共働きで、いわゆる「カギッ子」の一人っ子でした。
その日はたしか日曜日だったと思いますが、両親とも仕事。
まだ幼くて、戸締まりなどに不安があったのでしょう。
外から親がカギを掛けて、「家から出ちゃいけない」と言い聞かされ
私は家の中で、本を読んだり、絵を描いたりして過ごしてました。

作り置いてくれてた昼ご飯を一人で食べて
また一人遊びをしていたら、大雨が降ってきました。
雨はだんだんひどくなり、雷が激しく鳴り始めました。
その頃住んでいたのは、軒続きの庭付き借家で、なぜか天窓がありました。
天窓から稲光りが差し込み、雷の音がドドドド響いて、怖いのなんの。
私はギャーギャーと泣き叫びました。
たぶん、「おとうちゃーん、おかあちゃーーーん」などと泣きわめいていたのでしょう。
でも、当然ですが、父も母も来てはくれません。職場だもん。
助けを求めて玄関を開けようとしても、外から閉めたカギは開かない。
玄関の戸をたたきながら泣きわめいていました。
雷雨は何十分か続いたのでしょうか。
いよいよ見かねた近所の大家のおばさんが、カギを開けてくれた頃には
もう泣きつかれてぐったりなっていました。
泣きながら、『ああ、誰も助けてはくれないんだ』とぼんやり思っていましたね。グスン。

幼いながらに、「ひとは一人だ」と自覚しました。
大袈裟なようですが、“孤独”という概念がそのとき、芽生えたような気がします。
“人は一人では生きていけない”それは真実です。
それでも、結局のところ、ひとは一人です。
親だって友人だって助けられない領域はある。
一人ひとりが自分の足でしっかり立っているからこそ、
他の人と助け合い、もたれ合うことができるのではないかと思うのです。

しかし・・・そういえば、夕方帰ってきた母親は
「大声で泣っきょったんやって?」って笑ってたな。
思い出してしまった。許さん!!

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ねこまっくさんは一人っ子だったのですか。
私は4人兄弟だったので、ひとりで家にいたという経験がほとんどありませんでした。

おっしゃるとおり、一人ひとりが自分の足でしっかり立って他の人と助け合って生きるということは大事だと思います。
でもひとりで立てない人を助けてあげたくなってしまう(特に肉親や男女の関係では)感情もあり、人間って複雑ですね。
カンツォーネ
2005/11/07 22:46
カンツォーネさん、こんばんは。
エラそうに書いても、私だって立っているかどうか怪しいものです。でも、立ちたいな、と思います。
私は、ひとりで立つことをはじめから放棄している人とは
なかなかいい関係を築けません。
あたりさわりのないつきあいはもちろんできますけど、
それ以上ふみこんだつきあいはできないです。
言葉が通じない気がして・・・。
そのかわり、立てなくても、立とうとして頑張っている人には
どんな手助けでもしたいと思います。
暗い幼児体験でひねくれてしまったのかもしれません・・・。
ねこまっく
2005/11/08 00:25

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