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zoom RSS 武士の情け 〜松江豊寿さん顕彰碑に寄せて

<<   作成日時 : 2005/11/04 06:42   >>

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松江豊寿(とよひさ)さんの顕彰碑の除幕式に参加してきました。
彼は会津若松生まれの軍人さんで、大正期に徳島に勤め、大きな業績を残した人です。
顕彰碑は、徳島での彼の住居が建っていたとされる、新町川河畔の一角に立てられました。

     ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

第一次世界大戦時、俘虜となったドイツ兵は
日本各地に建造された俘虜収容所に収容されました。
鳴門市大麻町板東に建てられた「板東俘虜収容所」もそのひとつで
1000名以上の俘虜が収容され、約3年間を過ごしました。

捕われの身となって異国の地で過ごす生活は
戦争体験のない私にも容易に察することができます。
それなのに、板東から祖国ドイツへ帰ったドイツ兵たちは
「バンドー会」なる同窓会組織をつくって、バンドーでの日々を懐かしんでいたとか。

また、地元板東の住民たちも、
明るい色の眼と髪、見上げるばかりの大男の彼らを
「ドイツさん」と呼んで親しみ、
パンやソーセージの製法や音楽を教わり、収容所の催しに足を運んだとか。

板東俘虜収容所が他の収容所と何が違っていたのでしょうか?

     ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

松江豊寿さんは、板東俘虜収容所の所長を務めた人です。
俘虜は閉じ込め、隔離するというのが当時の多くの収容所の方針であった中、
松江所長は、“ドイツ兵も、我々と同じようにお国のために戦った立派な軍人だ”と
最大限に俘虜の自由を認め、地元民との交流も大目に見るという
当時としては破格のはからいをしたのです。
俘虜たちは建築や牧畜、スポーツや演劇、料理、絵画などあらゆる活動を繰り広げました。
そんな中から、ベートーヴェンの「第九」初演という感動的な出来事も生まれてくるのですが・・・・。詳しくはこちらのHPにてどうぞ
http://www.city.naruto.tokushima.jp/germanhouse/

あまり言いすぎると、ネタバレになるのでここまで。
実はその板東俘虜収容所のあった板東地区で、映画『バルトの楽園(がくえん)』撮影の準備が進んでいます。
来年6月のサッカーW杯ドイツ大会開幕に合わせて、日独両国で公開予定だとか。

そういった流れもあり、今回、松江所長の顕彰碑建立は非常にタイムリーでした。
除幕式には、松江所長のお孫さん3人も見えられ、感無量と言った面持ちで
碑を見つめられていました。
私もちょっと、じーんとなりました。

私は合唱団を率いて、ドイツの民謡やらプチ第九やらを披露。
一応、華を添えるという形で参加させていただきました。
写真は、地元小学生による除幕のシーンです。

ちなみに映画のタイトルの“バルト”とは“ひげ”のこと。
松江所長はりっぱな“カイゼル(皇帝)ひげ”の持ち主だったそうです。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
徳島とドイツ人捕虜の交流は、こちら愛媛でも有名な話です。こちら愛媛でも、松山とロシア人捕虜との交流は良い関係だったようです。その一方で捕虜の虐待があった収容所もあったでしょうね。もう捕虜とか収容所という言葉が死語になる平和な時代になって欲しいものです。
海のはなし
2005/11/04 07:53
海のはなしさん、こんにちは。
松山でもロシア人俘虜との交流があったとは知りませんでした。

国や組織という枠組みで相対した時、
ひとはどうしても立場や状況に縛られてしまいます。
松江所長がすばらしいなと感じるのは
百年の昔、しかも戦時中に、敵国の俘虜に対して
国と国、強者と弱者という立場ではなく
ひととひととして向き合い、相手を尊重した態度を貫き通したというところです。
鳴門とドイツの交流はずっと続いていて
これまでに2回、ドイツで「第九里帰り公演」を行いました。
俘虜の子孫の方と招いて行った演奏会に私も参加しましたが、
ホールを満たした親密な空気、感動は
生涯忘れられない体験のひとつです。
ねこまっく
2005/11/05 00:03
松江豊寿さんはすばらしい人ですね。
しかし人道的なやり方に、周囲ではかなりの反対もあったのでしょうね。
正義を貫き通すには信念と勇気、さらには人望も必要だと思います。
演奏旅行でミュンヘンは行かれましたか?
私の妹はミュンヘンにあるコンサートホール「ガスタイク」のそばに住んでいて、私も3年前に行ってきました。
カンツォーネ
2005/11/06 16:52
カンツォーネさん、こんにちは。
「年賀ハガキ」のお話は、いろいろ考えさせられてしまいました。
ミュンヘンは残念ながら通過しただけです。
来年あたり、また演奏旅行があるんじゃないかと思うのですが、
今度はミュンヘンに行けるよう、期待しています。

上の記事に書き忘れましたが、
カンツォーネさんのおっしゃる通り、
松江所長さんもずいぶん上から言われたようです。
それでも、彼は「武士の情け」と、絶対に従わなかったとか。
ヒゲの所長さんを、俘虜たちは「バルト」って読んで
慕っていたそうです。
10日からいよいよ鳴門でロケ開始。
松江所長役は、マツケンサンバの松平健さん。
“あの”ヒゲをどうするのか、私は今から興味津々です。
ねこまっく
2005/11/06 19:58

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